土田だよ!!!

よく見つけたね!

このメッセージ、なんの意味もねえぞ!!!

優しい写真ですね


「優しい写真ですね。」

そう言われると決まって僕は
「優しいかあ」と繰り返してしまう。
もちろん言葉には出さない。心の中で。

ブライダルや家族の写真をメインで撮っていた時
どうしても笑顔でシャッターを切っていた。(もちろん感動してる部分でも)

でもそれと同時に
まっすぐに幸せすぎるものに
とても冷静に見てしまう自分がいることに気づく。

とてもとても幸せなはずなのに
幸せのカタチが限定されすぎているような感覚になって
ここでシャッターを切るべきという場所が用意されていて
可愛いな綺麗だなと思うと同時に
あ、ここで切るんだなと頭で考える。

これは完全にエゴなわけだけど
僕は写真に優しさを出そうとも思っていない。

もっと言えば幸せでなくてもいいと思っている。

というか自分が知らない幸せのカタチがあるならそれに気づけるようにありたい。

自分が考えていることと
撮られた相手が感じることに違いが出るのは当たり前で、
そこに結論はないんだけど

先日引っ越しの写真を撮った時の感想で

私と彼女の関係性とはじめましてだったわけでさ
でもね、この写真には正しく、
彼女と私の4歳からの関係性が写っていて、
なんだか涙が出たのよね

と言われた。
とても嬉しかった。

優しいとかではなく
そのまま関係性がうつしだされた

そこに自分の感情がないまま
ただ撮ったという事実が嬉しかった。

感情が乗りすぎない
淡々としたものに惹かれるのかもしれない。

なるべくなら撮られる人たちが
そのままでいられるものを撮りたい。

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