土田だよ!!!

よく見つけたね!

このメッセージ、なんの意味もねえぞ!!!

内輪と他人と距離感の話


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昨日は、高校の友達と飲みました。
昔の友達と話すと一瞬でその当時に戻れる感覚がして、何だか不思議です。

思い出話しをしてみるんですけど、
出てくるのが恥ずかしい話しばかり。

 

高校の時に流行っていた前略プロフィールだったり、
何人かで始めた小説の話しだったり、
一発芸だったり、

 

で、思ったことがあって、
この時の記憶が、僕のコミュニケーションの原型みたいなものを作ってると思ったので書いてみます。

 

恥ずかしいと楽しいは共存する

 

 

一体なんのこっちゃって感じなのですが、僕の記憶は恥ずかしいと楽しいが共存しています。

自分たちのクラスを対象にしたバトルロワイヤルのような小説を、何人かの友達と回し書きしていました。

 

これは他クラスの人にも読まれていて、
面白いよ〜見てるよ〜なんて言ってもらうこともありました。

実際クラスの全員が好意的だとは今では到底思えないものの、当時は面白いものを作ってると思っていました。

それも恥ずかしい、、!!

それ以外にも常に一発芸を考えたり、
昼休みになると皆で輪になって、すべらない話しをし続けてました。

 

ただ基本的に人見知りで人との距離感がイマイチだったので、
すべらない話しを披露する機会はほとんどありませんでした。

 

友達少なかった、、、!

 

今になって当時のことを思い出すと、
もう顔から火が出るとかじゃなく気持ち悪さに近いような、
むずむずする感覚です。笑

 

でも、このむずむず感と同時にやっぱり楽しかった記憶もめっちゃ甦るんですね。

 

世界の中心と、世界の中心じゃない感覚

なんで楽しかったかって、自分がまるで世界の中心であるかのような感覚があったから。

世界の主人公であるのは自分であって、その万能感に酔いしれてて、
だから恥ずかしいことも何でも出来る。

言っちゃえば周りのことなんて全然見えてないわけです。

それが証拠に当時の僕は絶賛高校デビュー真っ只中。

好きだった(一度も話したことない)女の子に、クラス全員の前でアドレスを聞いて、

自分のことばっかり話した挙句、
別に相手が欲しがってもない本を掃除中に貸しちゃうという。。

 

今考えると、何ともうーーーーんな感じでした。

 

何かこう、もうちょっと詰め方あるやん!!!!

って思うんですが、当時の僕は自分が好きならいいっしょ!みたいな思い込みがあったんですかねえ(怖い)

 

そうやって分けわかんない距離感の詰め方をして、(失敗して)
うまくいかないこともあるんだなあと思いました。

 

自分中心で回らない面白さ

 

相手に合わせるとかそういう次元の話しじゃなくて、
うまくいくこともあるし、いかないこともある。

そんな自分中心で回らない面白さもあるんだろうなあと、
年を重ねるごとに思う。

自分が好きで相手のことを考えて、
こうしたらいいんじゃないかなと思うことは面白いですよね。

これは仕事や恋愛でも同じだと思っていて、
きっと成果や結果を出す人は、

もちろん要領がいいとかも要因としてあるのかもしれないけど、
”好き”で相手のことを考えていて、その成果にこだわりがない人なのかもしれないと思ったりします。

別にうまくいこうがいくまいが、
好きで相手のことを考えているから、その時点で完結してたりする。

 

 

内輪と他人を溶け合わせる

 

僕が好きでやっている写真は結構いいものだと思っていて。
基本的に僕は自分が撮りたいものを撮ってるから内輪であると思うんです。
(撮ってる時はそれこそ自分の満足を考えたりしてるから)

例えばFacebookにも、

 

うちのわんこや、

 

雪の写真やら、

 

僕が心動かされたものを撮ることで、
周りから、
「癒しをもらったー!」
「可愛い〜!」とか

写真のご依頼、フォトレッスンのご依頼を頂いたりしてます。

 

フォトレッスンをやる理由は気持ちよくなるためです。

 

これは限りなく、内輪でありながらそれでいて誰かの幸せにも繋がっている気がして。
だから僕は全力で内輪であること(好きなものを表現すること)と、
他人(自分中心で回らない面白さ)の間のようなものがあればいいなあと思っています。

 

それでも失敗はする

 

どんなに相手のことを考えても、
結局相手の心の中なんて100%分からないから失敗します。

自分が好きでやっていることでも不快になる人は少なからず存在します。
(僕も、なにそんなふわっとした写真ばっか撮って、、!って言われたことありますw)

 

 

気にすんなよって話でもなくて、気にしろよって話でもなくて、
とにかく失敗したらいいんじゃないかなあと僕は思っていて。

 

ただ自分”だけ”のことを考える時って、
あんまりうまくはまらないことが多いような気がします。

 

最近も友達と言い争いになりそうでした。←おい

結局これは、僕は相手のことなんか考えずに自分の利益になるなあとか思ったからです。

まずは自分が大事!ってのは重々承知なわけですが、
自分”だけ”の利益を求めるのと、皆が気持ちよくなる術(しかも誰も我慢しない)が両方あるんだとしたら、
そりゃあ後者の方がいいですよねえって話。

 

あなたの内輪は、誰かの救いになる

 

誰かのためになる記事は、誰かのためになりますよね。
そういう風に書いてるから。

でもそうじゃなく、
誰かのひとりごとや考えを知れるのが好き。

僕はたまたま写真が好きで、
撮ってあげたりしているけど、

思っていることや、感じたことを知れるの(内輪)は、その人に近づけたようになる。

その人の表現した姿を見たいから写真を撮っているのだと思うし、
表情が最高に綺麗なんだ、そういう時って。

何かを表現したい、表現しているところを撮って欲しいって人は僕の撮影はオススメかなあと思います。

表現って何でもいいんだ。

歌でも、デザインでも、文章でも、図面を描くでも、喋るでも、

それを表現だと思えば、すべて表現なんじゃないかと思うんです。
お待ちしてますね。

 

撮影予約・お問い合わせ

 

と結局写真の話でしめる僕なのでした。

 

こんなことから適当なことまで書いてるので、
ツイッターの方もどうぞよろしくです。

 

 

それでは〜

 

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